仙台高等裁判所 昭和26年(う)270号 判決
控訴趣意は、要するに、本件公訴事実における被告人の米売渡しの相手方(買主)となつた阿部重子は、原審公判廷における証人としてはその買受の事実を全部否認したのであるがこの供述は措信するに足らず、一方同人の検察官に対する供述調書には右米買受の事実を肯認する旨の供述をしているのであつて之は措信することができる。しかるに原審は、この措信すべき証拠を措信せず証明不十分として被告人に対して無罪の言渡をしたのは事実誤認であるというにある。
しかしながら、記録によると、所論阿部重子の検察官に対する供述調書は昭和二五年一〇月三日附のものであつて、昭和二六年一月八日原審第五回公判期日において、証人阿部重子が尋問を受けた後、検察官から、刑事訴訟法第三二一条第一項第二号により証拠能力ある書面として証拠調の請求がなされ、弁護人は証拠能力がないものとして反対したが、裁判所は検察官の請求を容れてその証拠調がなされたものでもとより被告人又は弁護人において之を証拠とすることに同意しているものではない。ところが記録によると、阿部重子は本件公訴事実に照応する米買受けの事実については、既に差戻前の第一審第二回公判期日(昭和二四年六月一日)に於いて、更に差戻後の第一審第二回公判期日(昭和二五年六月一二日)に於いて、それぞれ証人として尋問を受けていずれも該買受けの事実を全部的に否認しているのであり、しかもこの二回に亘る証人としての供述記載を前記同人の検察官に対する供述調書中の供述記載に対照するに、後者が公訴事実に照応する米買受けの事実を否定するのに対して前者は之を肯定しているというだけで、供述した事項の範囲は全く同一である。故に、右供述調書記載の供述はすべて、右二回の公判期日における供述よりも後になされたもので、換言すれば右供述調書記載の供述は右各公判期日における供述よりも前のものではない。而してかくの如き供述調書は刑事訴訟法第三二一条第一項第二号の規定によつては証拠能力を獲得し得ないものと解するのを相当とする。原審検察官及び原審としては、阿部重子が昭和二六年一月八日原審第六回公判期日において右供述調書記載の供述と実質的に異つた供述をしたので、右供述調書は前記法条によつて証拠能力を獲得したものと解したものと認められるが、既にその前に前段説示の如き経緯が存する以上、その後更にその供述者が公判期日に於いて同一事項について供述をしても、もはや刑事訴訟法第三二一条第一項第二号の規定の適用はないものと解するのを相当とする。以上の次第であるから、阿部重子の検察官に対する供述調書に証拠能力があることを前提とする論旨は採用することを得ない。